はいさーい
とくちゃんです。
みなさん マニ宝珠ってご存知ですか?
調べたら色々出てきてきてました。
摩尼宝珠と書いてマニ宝珠と呼ぶ説が多く
別名は如意宝珠 と呼ばれるのが主流みたいですね。
↑の形がいわゆる摩尼宝珠。
この世の事象は陰と陽という相反する二つの事象で成り立っています。摩尼宝珠は「火」(カ)と「水」(ミ)の二つの事象を統合した形で神(カミ)の姿を具現化した姿とも言えます。空海が弟子たちに残した『御遺告』にも摩尼宝珠(如意宝珠)についての記述があり、「如意宝珠は宇宙をつかさどる如来の意図の象徴であり、生命あるもの全てに慈愛を注ぐ如来の慈悲のあらわれである。宝珠は如来の分身であるというのが、真実である。これは秘密の上の秘密、甚深の上の甚深なるものである」と記されています。また、『御遺告』の中に記されている如来とは、密教において宇宙そのものと一体と考えられている大日如来のことを示しています。
という言われがあり、今世では形を意味してるみたいですね。
ウキペディアでは
サンクリット語では魔尼宝珠を「シンタ・マニ」と呼び、「マニ」は珠、「シンタ」は思考するや熟考するという意味を示します。仏教の経典では、宝珠は心の中で思い描いたものをすべて与え、あらゆる願いを叶えるとされています。 摩尼宝珠の別名如意宝珠の「如意」という言葉には、「意」の「如く」すなわち、「意のまま」という意味があり、何事も意のままにするとされる観音様の如意輪観音も摩尼宝珠を手にしています。摩尼宝珠には病気を治す、災いを防ぐ、暗闇を照らすなどの様々な願望を叶える力があると様々な経典に記述され、中国の「大宝積経」には、貧しいひとが如意宝珠を手にすれば、堀をめぐらし広い池を備えた高楼や果実豊かな庭園を備えた邸宅などの財産がこころのままに自分のものになると書かれています。ただし、「宝珠を持っても心が清浄でなければ、仏の声を聞くことはできない」とも経典の中に書いており、常に清らかな心でいることの大切さも説かれています。
↑ともあります。
ちなみに大日如来は神仏習合の解釈では
天照大神になるそうです。
って、宗教解釈は永遠に終わらなくので、
一旦まとめます。
一般的には↑の情報が共通認識としての摩尼宝珠です。
こうゆう形で神社や、拝所などにも使用されてたりしますね。
しかし、マニ宝珠が本当に実在するというお話を聞きました。
二部作としてかかせてもらいますw
できればこの記事を読んで次の記事を読んでくださいね!
ちゃんちゃん♪
↓番号変わりました。
09044717311